2018年の映画・続

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唐招提寺の柱
64 ファウンダー(S)
マイケル・キートン主演、マクドナルドを乗っ取った男の話である。しがないミキサー売り52歳が、人気店マクドナルドの兄弟に会いに行き、そのシステムにほれ込み、フランチャイズを提案。拡大に次ぐ拡大、だが儲からない。それで土地を自分のものにして、それを貸し付けることに。もちろん兄弟が怒る。最終決裂は、シェイクをミルクから粉に勝手に変えたから。しかし、経営の手腕は兄弟にはない。270万ドルで男は商標、ネーミングを手に入れる。兄弟の店は名前を変えて営業するが、やがて潰れてしまう。マクドってこういう会社だったのね。


65 恋するシェフの最強レシピ(S)
金城武と女優チョウ・ドンュイの恋愛ドラマ。彼女のほかの映画を見たことがない。料理の映像がとてもきれいで、かなり昨今の洋物映画やドキュメントもの(「腹ペコフィルのグルメ旅」など)を意識して作られている。題材そのものが流行りのものだ。前にも触れたように金城がなかなかよくて、今回も好演である。チョウ・ドンユイは劇中でもいわれるように中途半端にキレイ。それで最後には愛しく見えるから映画の力は強い。コメディなので、ちょっと誇張した演技がバタ臭く感じられるが、文化の違いなので致し方ない。金城が秒を計って作るインスタントラーメンは「出前一丁」である。なぜその選択なのか、説明が欲しかった。


86 デート&ナイト(S)
コメディなのだが、やはりいま一つ利いてこない。彼我の文化の違いだろう。スティーブ・カレルがなぜコメディアンなのか、という感じである。


87 アメリカン・ギャングスター
(S)
ぼくはデンゼル・ワシントンを「イコライザー」以後、まじめに見るようになった。この作品はラッセル・クロウとの共演だが、悪党を演じたワシントンが光っている。演技の切れがいいのである。監督はリドリー・スコットである。5、6本見ている監督である。最近のいくつかはハズレが多いのではないか。


88 音量を上げろタコ
(T)
三木聡という監督で、いつもならこういうガチャガチャした映画は見ないのだが、音楽もの、ということで見たら、結構きちんと撮っていて好感。セリフがぶっ飛んでいるところが部分的にあって、それもOK。ニコラス・ケイジのような恰好をするな、には笑ってしまった。映像はカメラを動かしすぎで気持ちが悪くなるが、細部にこだわりがきちんとあって好感。部屋の外を大きな飛行機が通りすぎたり、細部に手抜かりなし。それぞれのキャラクターも際立っていて、いい。主人公の女性吉岡里帆がいずれ大きな声を出す、ということが分かっているので、ドラマに集中力がある。里帆のおばさんが「ふせえり」、アイスクリーム屋のおやじが「松尾スズキ」で、この2人がとても脱力感があっていい。ぼくはなにか60年代へのノスタジーを感じたが、監督は57歳なので、多少はその時代の臭いは分かるかもしれない。


89 サード・パーソン(S)
ポール・ハギスお得意の複数演劇進行である。すべて子どもがテーマになっていて、2人の男(リアム・ニールソン、エイドリアン・ブロディ)は子を仕事や女のせいで亡くしている。もう一人の男(ジェームズ・フランコ)は、元妻が子供に虐待をはたらいたと考えていて、接見を許さない。前者2人の男には恋を進行させているが、ブロディが恋したロマ族の女(モラン・アティアス)は娘がやくざに奪われていて、それを取り戻すためにアメリカ人で金持ちそうに見えたブロディを誘い込む。ハギスのように複数を撮ると、人生や人物が書き割り的になるはずなのに、そうはならない。なにか人間の行動の真理を彼は衝いているのだろうと思う。ニールソンの付き合う女が、じつは父親との近親相姦という設定はいかがなものか。


70 ビブリア古書堂の事件手帖(T)
ちょっと太宰を持ち上げすぎの映画。でもwell madeに作られている。音楽が高鳴って急に切れて、そのあと沈黙が流れる、というのを3回やっていて、最初の2回は効いている。謎の仕掛けは大したことがなくて、謎解きからは興趣がだいぶ落ちる。でも、いい映画である。監督三島有紀子、「幼な子われらに生まれ」を撮っているが、見たことがない。プロデューサーの小川真司というのがかなりのやり手のようだ。「クワイエットルームにようこそ」「メゾン・ド・ヒミコ」「しゃべれどもしゃべれども」「味園ユニバース」「リバースエッジ」など豪華である。なにか文芸と売れ筋との中間の味を狙っている感じがする。


71 悪魔は誰だ(S)
韓国映画で、「殺人の追憶」のキム・サンギョンが主演。ちょっとこねくり過ぎた映画で、もっと韓国映画はストレートに押すべきだ。


72 アジョシ(S)
見るものに困ったときのアジョシで、もう5回目ぐらい? ベトナム屈強男との死闘が始まるまえ、雑魚連をやっつけたあとのビョンホンの表情が、焦点を結ばない目で、ぼーっとしているのが、この映画随一の映像だろう。悪党を演じた兄弟がやはりこ憎らしくていい。


73 ボヘミアン・ラプソディ(T)
いやあ面白かった。初めてのアメリカツアーで妻に電話していた脇を男がニヤッと笑いながら通り、トイレ(?)に入っていく。妻が「愛している」といっても、それに返さない。そして、トイレのまえで中の音を聞いているのか取りつかれたような表情で、そこから彼のゲイの道が始まったようだ。天才的なグループであることが、よく分かる映画だ。メンバーの一人は天体物理学、一人は歯科医、一人は工学専攻、そしてボーカルのフレディ・マーキュリーペルシャからインドに逃げたという一族。出っ歯気味、背が低い。この男の歌唱力がすごい。すぐiTuneでQueen Jewelsを購入となった。


74 49日のレシピ(S)
石橋蓮司(父)、永作博美(娘)、原田泰造(娘の夫)、二階堂ふみ(妻の知り合い)など、監督タナダ・ユキ。冒頭に妻が作ったカツサンドの汁がこぼれていると石破が怒る場面があり、そのあと畳に仰向けにまるで死んだような様子で寝転んでいる映像に切り変わる。簡単な仏壇が見えて、そこに遺影がある。テーブルにはカツサンドが。妻が急死という設定らしいが、法要まですんでいるのに、妻特注のカツサンドがテーブルにいまだに載っているのがおかしい。映像をつなげるためだけの作為である。


石橋の娘の永作が離婚を決意したものの、やむない事情があって実家に戻る。そのときに、石橋の亡妻が生前に家族の後事を託した二階堂ふみが付き添う。家に戻ると、永作の夫とその愛人の嫌なやりとりを目にする。夫が妊娠させた女には子ども(前の夫との子らしい)がいる。その子をどこかにやるから、結婚してくれ、と永作の夫に迫る。付き添いのm二階堂は「子どものまえでそんなことをしないで!」と言って、その子を連れて外に出る。永作にどうしたの? と聞かれて、二階堂は、自分の母親は離婚後とっかえひっかえ男を誘い込んだ、と連れて出た子のまえで言う。それじや何のために外に連れ出したのか?


妻の告別式で、それまでことあるごとに石橋蓮司に突っかかっていた姉の淡路恵子が、急に性格が変わったかのように、にぎやかに踊り出すのはなぜか。ご都合主義である。さらに、問題のある子たちを預かる施設の従業員だったらしい石橋の妻は、ブラジル3世の青年に中古車を譲っていたが、夫がそれに気づかないでいたということがあるんだろうか。そんな夫なのににわかに妻の供養を一生懸命やるんだろうか。


いい加減な映画だが、亡くなった妻の空白の過去を、家族ではなく、他人が埋めて年表を作る、というのが仕掛けとして面白い。しかし、女性を妊娠させ、その結果を引き受けないで捨ててしまう男に出戻りする永作の役って何なのか。子を産まない女性は時間を紡げない、という意識に縛られた自分が義母の弔いで変えられた、ということでその選択をするわけだが、その転換はおかしいのではないか。 


75 怒り(S)
1つの殺人事件と、その後に続く3つの物語。だれが犯人か、というわけだが、よくできている。気になるのは、綾野剛が女性と会っていたことを問われて、妻夫木に答えなかったことだ。施設で一緒だった妹のような女だとなぜ素直に言わないのか。森山未來は人を見下すことで生きてきた人間で、それが麦茶一杯をめぐまれたことで凶行に及ぶ、という設定だが、根拠が弱い。それと、殺人被害者を浴槽に入れたのは復活を願って、とのことだが、さてそんな気配は以後の森山には感じられない。監督李相日、ぼくは「フラガール」ぐらいしか見ていない。吉田修一原作。妻夫木の細かい演技が光る。


76 悪人(S)
吉田修一つながりで見たが、よくできていた。妻夫木がふっくらとして、イメージが違う。深津絵里が哀しい境遇を当たり前に生きる女として、感じがよく出ている。魚の目から別のシーンに入っていく、というのは、稚拙である。満島ひかり、嫌な女を演じてやはりうまい。


77 裸の島(T)
セリフなし。笑い声と泣き声が一か所ずつあるだけ。鯛が釣れて、その子を殿山泰司がざぶんと海に投げるところ。それと、その子が熱で死んだあと、いつもの山の斜面の畑仕事をしようとしたとき、急に運んできた水の入った桶をぶちまけ、身を投げ、泣きながら芋の葉を抜く。夫の泰司は妻の乙羽信子を憐れみをもって眺めるが、また作物への水やりを始め、乙羽もまた仕事を始める。脚本家が監督をやり、サイレントを撮る。その意味は、監督としての力量を見せようということだったはずだ。


78 ピアソラ(T)
なぜぼくがピアソラにやられたかが分かった。彼は幼少時にNYに住み、十代半ばでアルゼンチンに戻っている。そこでタンゴに出合うわけで、基本にあるのはジャズ。ぼくはそれにやられたのだ。ロックンロールなどの流行でタンゴが落ち目になったところへ、彼の革新的なタンゴが登場する。しかし、一部の人間にしか受けず、NYで極貧の生活を送り、また戻り、それでもだめで欧州で活躍し、そしてやっと故国で受け入れられる。40歳のころに家族を捨てて出ていく。音楽家である息子とはそれから10年以上顔を合わさない。娘は左翼運動へと入っていく。あとではピアソラの伝記をものしている。ピアソラというのは、そういう人間だったのだ。


79 ジャイアン(T)
リズとロック・ハドソン(この人はほとんどイメージがない)主演。ほぼリズは「風とともに去りぬ」のスカーレット・オハラである。気丈で、自分の意見を曲げない女性である。そのわりに体制順応的に生きていくのが、風共と違うところである。3時間の上映時間はやはり長い。結局、メキシカンへの差別批判の映画ということになる。長男を演じているのが、デニス・ホッパーだから貴重である。このジェームズ・ディーンはちっともよくない。よくこんな役を受けたものだ、と思う。別になんでもよかったのか。タイトルはどこから来たのか。


80 アリー(T)
映画の評がいいようである。ぼくはジュディ・ガ−ランド、バーバラ・ストライザンドを見ているが、そのまえに一作があり、今度のが「スター誕生」のリメイク3作目となるようだ。監督がブラッドリー・クーパー、女優がレディ・ガガである。よくできているが、ガガを見出したスター、ジャクソンをクーパーが演じているが、彼の複雑な生い立ちが強調されたことで、自分が見出した女性が人気を得て、それに嫉妬する、というこの映画の基本構造が揺らいでしまった。クーパーがガガにあまり嫉妬をしないのである。だから、全体に甘くなり、落ちていく男の悲しみが出てこないのである。言葉では、かなり早い段階でガガに、私の成功に嫉妬しているんでしょ!と言わせているが、劇を進行させるためにいわせている言葉にしか思えない。クーパーの義兄役をやったサム・エリオットという役者がいい。撮影に関しては別にいうことなし。時のスターがカントリー歌手、というのはありなのだろうか? アメリカの事情は分からないが、ちょっと違和感がある。最後にガガが2回、彼を裏切った、というセリフがあるが、何を指すか分からなかった。あとで分かったのは、一緒に「シャロウ」という曲を歌うと言っていたのに、マネジャーにいわれて一人で歌ってしまったことを言っているようだ。ここは少し訳の工夫をすべきところではないか。一緒に歌えなくて嘘をついた、とでも。


81 ミスティックリバー(S)
映画館で来年やってくるイーストウッドの予告編を見ていたら、無性にこの映画が見たくなった。たしか3回目になる。イーストウッドは手際よく撮っていく監督といわれているが、この映画でいえば頭の15分ぐらいで中心的な人物の過去と現在がキリキリっと演出される。最初は子ども3人がホッケーのようなことをしていて、道路の側溝の穴にボールが入る。それで取り戻すことができず、ついはカギのかかった自動車がストリートにあるから、それを見つけて乗り回そうとジミー(ショー・ペン)が言う。しかし、さすがにそれに踏み出せず、ちょうどそばに生乾きのコンクリのタイルがあったので、ジミー、ショーン(ケビン・ベーコン)、そしてディブ(ティム・ロビンス)と署名した。ディブだけ途中だった。そのときに、警察官だという2人組に見とがめられて、ディブだけが車に乗せられる。母親に叱ってもらう、などと男は言う。しかし、ディブは結局4日間監禁されてレイプされる。
場面が変わって、背の高い男と子どもが野球の帰りらしい様子が写される。父親はディブである。次が小さな雑貨屋に大人になったジミーがいて、友達と遊びに行くという娘とキスをする。娘が車に乗り込もうとすると、後部座席に彼氏がいる。ちょっと恋人同士の感じがあって、娘は彼を送っていく。
その次が車で混雑した橋の俯瞰からの映像に切り替わって、誰かが担架で運ばれる。男が一人、あいつがぶつかってきたから悪いんだ、のようなことを言いながら、警察車に入れられる。そこに大人になった刑事ショーンが姿を見せる。彼に女性警官が寄ってきて、これからパーティをやるが来ないか、と誘うが断る。黒人の同僚は、いつまで音沙汰のない女房にこだわっているんだ式のことをいう(この意味はあとで分かる)。また画面が切り替わって、バーのカウンターシーンになる。そこにディブが仲間の一人と座っている。ちょっとしたら、ジミーの娘とほかに2人の女が酔ってやってきて、カウンターの上にあがって踊り出す。それを眺めるディブ。
また画面が切り替わって、暗い家の中。階段の下に夫がいることに気づいた妻(マーシャ・ゲイ・ハーデン)。夫は手が血にまみれている。ディブである――ここまでの流れがまったく無駄がない調子で描かれるのである。いやはや見事というしかない。色調も黄色を抜いた青錆びた感じで、冷え冷えとした街の感じが出ている。『ミリオンダラーベイビー』でも、ボクシングジムの夜の壁の色をほめている評論家がいたが、分かる感じである。殺人現場を急に俯瞰の映像で画面を大きくしていく感じも、面白い。でも、前にも書いたように、この映画、やはりラストの、ジミーの妻(ローラ・リニー)がジミーに言う「あなたはまちのキング」というセリフは間違いだろうと思う。そこだけが残念な映画である。


62 女は二度決意する(T)
ドイツ映画で、裁判劇から復讐劇になって、ちょっと緊張感が緩む。ラストは納得がいく。


63 ウインドリバー(T)
これはいい映画である。「ウインターボーン」の緊張感を思い出した。連続殺人かと思うとあにはからんや、である。急転直下の展開に、へえ、やるなぁ、である。じっくりと撮ってきたのに、そういうことをやるのか、という驚きである。しかし、成功している。ジェレミー・レナーが人生の達人みたいな役をやっているが、違和感がない。悪人の頭(かしら)的な役をやった役者がちょっとしか出番がないが、癖があってOK。ただ、レナーの娘が死んだ理由が不明で、ハンターを仕事とする男がその追跡に明け暮れたわけでもない、というのは手落ちではないか。映画を見ているときには、それに気付かないのだが。監督はテイラー・シェリダン、「ボーダーライン」を撮っている。


64 バトル・オブ・セクスズ(S)
キング夫人28歳と55歳の元トッププレイヤーが一戦をまじえる。そこに夫人のセクシュアリティの問題が絡んでくる。夫人をエマ・ストーン、対戦相手をスティーブ・カレル、カレルは実物にそっくりである。楽しみながら見ることができた。LGBT絡みの映画が多い。